FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

どちらかというと不便

sunahama


NASAには、地球外生物を研究している機関があることをご存じですか。

そこで働いている、ある研究者は、乗り越えなければならないハンディを負っている。

けれどそれは、彼によると「どちらかというと不便」な程度で、地球外生物の存在について、研究にはそれほど支障が無いようだ。


先日の新聞には、タクシー代わりに救急車をつかう実態が掲載されていた。

いつから、和も尊ばず遠慮も他人への配慮もない、卑怯者の多い国になってきたのか。


最近では、学校でちょっとしたことがあると、すぐ担任のせい、学校のせい、教育委員会のせい、国のせいにしたがる親も増えている。

それでいて、平均的な年収がある家庭でも、給食費すら払わない家庭も多い、と報道されている。


それでいいのか、どこまでそれを続けていくのか。

そういう態度の親を見て育つ子どもが恐ろしい気がする。

自分が事件を起こしたのも、親のせい、周囲のせい、職場のせい、恵まれない外見のせい、そんな人が増えた世の中はますます住みにくくなる。


自分の気持ちが弱いときは、恵まれていない環境であったり、素質であったり、能力であったりを嘆いたり、物事が思うようにいかないことをそのせいにしたくなる。

背の高さが低い。走るのが遅い。運動神経がわるい。営業がにがて。人と交渉するのはできない。

「生まれつき」や「素質」は、自己の責任回避のいいわけにするには一番手軽だ。

そこには努力しない自分、工夫をしない自分の責任は存在しない。


NASAの研究者のように、地球外の生物について思いを浮かべるとき、背の高さも、走る速さも関係ない。

どちらが有利と言うこともない。

ただ彼は全盲で、「どちらかというと不便」を乗り越えつつ研究を続けている。

それを思えば、自分も「どちらかというと苦手」なことに挑戦できそうだ。


コメント

宇宙に1度でいいので行ってみたいです^^

2008年06月28日 投稿者: 長綱 さん URL

非公開コメント

トラックバック

http://yuaiblog.blog18.fc2.com/tb.php/96-16109c81

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。