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勝ち組・負け組

どこのバカが、使い始めた言葉か、平成の差別用語だと思う。

マスコミでは無神経に平気で使う。

バラエティ番組にモラルを求めるのは、求める方がばかげている気もするから、仕方ないが、一般人でも自分の事を「勝ち組」と言う人も「負け組」と言う人も両方に問題がありそうだ。


勝ち負けを決めることそのものや、競争そのものが悪いこととは思わない。

ライバルがいたからこそ一層努力し、その結果、オリンピック代表になれた人も、今一歩で及ばなかった人も、競い合ったことやお互いの努力は認め、相手の人格も認めている。


しかし、その競争や勝負の厳しさを知っている人は、自分を勝ち組だとか負け組だとかはいわない。

勝ったと思っても、一瞬先は闇であることを感じているのかも知れない。

華やかな活躍や話題の独占は、大きな挫折の前兆のケースもある。


学校の運動会で、競争させないとか順位をつけないとか、あまったるい判断もあるようだが、現実の社会のいろいろな面で競争がある以上、運動会だけを取り上げて順位をつけないのはナンセンスだ。


必要なのは、クラスやグループで、運動の得意・不得意の人をどう活かすかを、みんなで工夫したり、勉強や、絵、音楽が苦手でも運動はがんばるとか、勝っておごらず、負けてくじけない心を育てていくべきだ。

無かったことにするのは、現実からの逃避を育てるだけではないか、人前で自分の恥をさらしたくは無いけれど、避けられない場合もある。それが自分を成長させてくれることも多い。


そもそも運動会で勝ったから、負けたからといってその結果は全然大したことじゃない。

親からすれば日常と違う子どもの姿を見ると、1年間の成長を感じられる。友達との関係もかいまみることが出来る。

そこに価値があるし、練習の時から家族の話題になれば、それがいい。


社会的に、「勝ち組」のように振る舞っている人が、詐欺師や犯罪者だったり、自分の子どもの信頼も得られない、家庭の「負け組」だったりすることは、良くある話だ。


マスコミの報道を見ても、平気でニュースのようなバラエティ番組で、「勝ち組」「負け組」と使う一方で、ちょっとしたことを大問題として取り上げ、袋だたきのように報道する。

いったい、どんな社会・どんな人たちが住む社会を良しとしたいのか、分からなくなることも多い。

・・・・・なんか、朝から一人でぼやき始めると

懐かしい、漫才師の 「人生幸朗」 師匠の漫才の内容に、年ととも似てきたような気がする

ビジネスブログのつもりが、いつしか、ぼやきブログになりつつある・・

『責任者、出てこい!』とは、言わないけど。



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